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パンの学校に通い、パン屋さんを開業しようと思ったきっかけの特集パートⅡ(ベーカリーコースの受講生の声)

パンの学校に通い、パン屋さんを開業しようと思ったきっかけの特集パートⅡ(ベーカリーコースの受講生の声)

1.パン屋さんを開業しようと思ったキッカケ

 

◆実家で、母が文房具店を経営しています。近年は売り上げも落ち、このままでは経営していくことも難しいと感じていました。ただ、廃業にするのではなく、どうしたら続けられるかを考え、カフェを併設したらどうかと思いました。また、人に料理などを作って、おいしいと言われることが、とても嬉しくて、いつか自分のお店を持ちたいと思っておりました。当初は、カフェの開業を考えていたのですが、リライブに見学に来た際いろいろな考えを話しているうちに、パン屋の開業をしてみようと思いました。人が集まって、また来たいと思えるものがつくりたい、それがパン屋さんじゃないかと思いました。

 

◆将来に対する不安を覚え生涯続けられる職業として自営のベーカリーに興味を持ちました。もともと物を作ることが好きで、幼いころから料理にも興味を持ち母親を手伝って色々な料理を作っていました。

 

◆長い間、生涯の仕事として英語教育に従事してきましたが、数年前から自分の年齢や将来の生活設計を考えた時、大きな不安を覚えました。このまま中学校の英語の先生としてあと数年働き続け、夫の退職とともに引退生活に入り、夢や目標もなく、旅行や趣味に時間をつぶし、たまに来る孫の成長を楽しみにするという生活を想像したとき、私の中でこれではいけないという気持ちが芽生えました。「もう体が動かないので引退するしかないか」と思えるまで、夢や目標を持ち続ける生き方を選択する決意をしました。そして①人とのコミュ二ケーションを図ることが好きだから。②食べることが好きだから。③料理をしたり、お菓子やパンを作ることが好きだから。④自分の作ったもので他人が喜んでくれたら、それが生きがいになると思うから。⑤人通りの多い所に地所を所有しているから。⑥主人と二人三脚で残りの人生を楽しみたいから。以上の6点から将来ベーカリーカフェを開きたいと思いました。

 

◆これからの人生の生き方を探していた時だったように思われます。2011年3月11日、東日本大震災があり、実家を含め多くの被害が出ました。その頃ヨーガインストラクターをしていましたが、私には今は何も出来ないと感じていました。ヨーガは精神的なものに大きく作用します。いつかヨーガは役に立ちますが、まだ先のことだと。まず物資・食糧が必要です。南相馬市在中の妹が原発の為避難所生活をした時の話です。今炊き立てのご飯をおにぎりにしたけれど、そのおにぎりは避難民にはすぐには出てこなかったそうです。まだ実家の岩手の方が生活しやすいと思い、ガソリンをかき集めて車で行ったそうです。岩手も1週間は電気がつかずに安否など消息・被害などは不明でした。町を散策してみて外壁は落ちて危ないから閉まっているお店が多かったみたいです。駅前にチェーン店のパン屋さんがあります。そこからはパンの焼けるいい匂いがしていたそうです。焼きたてのパンが食べれると思って、お店が開くのを待ったそうですが、開く気配はなかったそうです。沿岸地方の避難所に持って行ったのかもしれませんね。その話を聞いて、私の好きなパンなら冷めても美味しいし、まして焼きたてのパンならもっと良いなと思いました。食の方に進むならパン屋さんになろうと、この時に思いました。

 

◆高校の頃から、食に興味を持ち一時期は調理師学校をも考えたが、結局は、食に関係する大学、そして食品関連の職業を選び現在に至った。定年が5年後に近づいてきた時点で、今後の方向性を考えたときやはり食に関する仕事を続けていきたいとの思いが強まった。また、この先、人に仕えるのではなく自分の可能性を試してみたいという気持ちも強くなり開業の方向での検討を始めた。近くの焼き立てパン屋等を見ていると敷地面積の小さな店で始めることができそうであったことと、もともとパンが大好きだということが重なり、また短期間の修行で何とか開業ができそうなところからこの業界を選んだ。   

 

◆今勤めている会社の経営が安定していないので、将来的が心配になった5年前に、母がパン教室で習った製パンをビジネスにできないものかということがきっかけで、製パンを仕事にしたいと思うようになりました。

 

◆幼少の頃から、食パン、バターロールといった食事パンは常に食卓に出ていましたし、美味しそうなパンを見つければそれに合わせた料理を考えるなど、日常的にパンを楽しんではきましたが、将来の夢としてパン屋を考えたことは、実はつい最近までありませんでした。パンをより身近なものと思えるようになったのは、6-7年ほど前に通い始めた手捏ねのパン教室でパン作りの楽しさを知ってからで、その後パンへの好奇心が高まり、この仕事を生涯の仕事としたいとの思いが強くなりました。

 

◆母が調理師ということもあり、私は「食」にこだわった環境の中で育った。そんな私は幼い頃から料理に興味を持ち、小学校低学年の頃には食事やお菓子を作っていた。その頃の私は『母の手伝い』というよりも食事、お菓子やパンを作ることに喜びを感じていた。それは大人になった今でも変わらない部分である。これまで看護師として、やりがいを持ち仕事に向き合っていたものの、雇用される側の拘束感や傷病者を相手とする複雑な業務内容に自分の持っている能力が最大限に活かされているのか、と考えるようになった。そんな中、休日に思い立ってパンを作ってみた。パン作りに集中している時間がとても清々しかった。出来上がったパンを家族や同僚に食べてもらい「おいしい」と言ってもらえた時にとてもうれしく感じた。このまま看護師を続けるのも人生であるが、自分の好きなことをやってみたいという気持ちが徐々に強くなっていった。『人間の生理的欲求である「食」を満たす』ということが私の生活の中で一番重要であることに気付いた。自宅の周りには多数のパン屋があり、いろんなパンを食べ歩ける環境もこの業界を選んだきっかけになっていると思う。

 

◆これまで家事や介護で、何となく忙しく過ごし、気がつけば、特に可もなく不可もないまま60歳という節目の歳を迎えてしまいました。残りの人生どう過ごそうかイメージした時、まず「自分の居場所が欲しい」と思いました。次に「生涯現役でいたい」と考えました。いつもお世話になっている御高齢の大工さんという身近な見本があったからです。初めは、仲間を集めてちょっと楽しくパン作りが出来たら好いなぁ位の気持ちでした。が、リライブで話を聞くうちに、もしかしたらプロになれるのではとか、もしかしたらお店をもてるのではなど、どんどん夢がふくらんできました。

 

◆本が好きな子どもだった私のお気に入りの一冊に「からすのパン屋さん」という絵本があります。ストーリーはもちろんですが、なんといってもその絵本に描かれているパンが本当においしそうで、今読み返しても、とても魅力的な一冊です。何度も何度も読み返して、おいしそうなパンの世界に浸り、パン屋という職業に憧れていました。また、自分の好きなパンをトングでとる時のワクワク感や、焼き立てのパンの良い香りに包まれた店内の雰囲気など、「パン屋」という空間への憧れは幼いころからもっていました。

 

◆私は、大学4年生のときに料理教室に通い始め、生まれて初めて手作りのパンを作りました。今まで買ってきて食べていたパンを自分の手で作ることができた事がとても嬉しく、焼きたてのパンのおいしさに感動しました。パン作りが大好きになり、社会人になってから週末は料理教室で一日中パンのレッスンばかり受けていました。パンのコースがすべて終了し、次は「作ったパンを通じて人に喜んでもらえるようになりたい!」と思うようになりました。それからパンに関わる仕事に興味を持つようになりました。

 

◆前職場の同僚がベーカリーカフェを開業し、2013年4月お店を訪問した際に生き生きと楽しそうに働いているのを見て興味を持ちました。

 

◆パンが好きで昔からよく食べていましたが、以前は食べるだけで満足していました。結婚後に、朝は焼き立てのパンが食べたいと思い、ホームベーカリーを購入して活用し始めてから、手作りに目覚めました。もっといろいろなパンが作りたくなり、パン教室にも通い出しました。そうしたら、ますます作ることが楽しくなっていき、家族や友人にも食べてもらい「おいしいよ」と褒められると嬉しくなり、「パン屋になりたい!自分の店を出したい!」と思い始めました

 

◆子供の頃、学校から帰るとよくパン屋さんのパンをおやつで食べていたせいか、子供の頃からパンが大好きでした。また、9歳頃からりんごの皮むきが好きだったり、ホットケーキを自分で小麦粉を使って作ったり料理が好きでした。自分が出産すると、やはり子供へ食品添加物が当たり前のように入ったモノを与えたくないと考えるようになりました。長男がとても食欲旺盛で、どこへ行くのも食べ物なしでは出かける事が出来ない子でした。そこで、偶然雑誌の折り込みの主婦の方のパン作りを見て、自分の作ったものなら安心ということもあり、まねて独学でパン作りを始めました。ママ友の間でも作ったパンが美味しいから、パン屋さんをやったらと言われることもあり自分でも将来出来たら良いな、と思うようになりました。

 

◆子供の頃からパンを食べるのが好きで、美味しいパン屋さん、雰囲気が素敵なパン屋さんに出合ううちにパン屋さんの仕事に興味を持ち始めました。パン教室に通い、パン作りのおもしろさ、難しさに触れていく中で、もっと知りたい、もっと出来るようになりたい、自分の空間を作ってみたいと思うようになりました。

 

◆ビゴのハード系の美味しさと出会ったことが、自分でもパンを作るきっかけとなりました。ブロードハイムの明石さんや、ジェフリー・ハメルマンさんを本などで知り、パンを通じた生き方に憧れるようになりました。

 

◆実家が八百屋を営んでいた事もあり、東日本大震災で改めて『食』の大切さを痛感した為、飲食業に興味を持ちました。飲食業といっても色々ありますが、パンが好きだったのでパン屋になろうと思いました。

 

◆私は、以前の仕事でパンを作っていました。沢山のパンの種類があることを知り、自分が作った色々なパンを食べてもらいたいと思い、パン屋さんになりたいと思いました。

 

◆義父が借りていた畑を引き続き借りて野菜を作っています。家庭菜園以上の敷地(約500平米)を借りており、いつも会社の方や近所の方に分けています。また、自分の家とは別に親が住まなくなった土地家屋があり、今後の処分をどうしようかと家内と相談する日々でした。ここ1~2年に、現在の仕事の定年後(ある意味、老後)に、どこかで質素に生活しようかという話しもしていましたが、野菜作りや相続した土地家屋を活かしたことを出来ないかという話しになり、何か飲食業をやろうということになりました。

 

◆半年前、仕事の納品先がパン屋さんだったので、納品に行った際に焼きたての美味しいパンを食べるのが好きだった。

 

◆自分が22歳の時に、母からパンの作り方を教えてもらい作ったパンを家族や仕事の仲間に食べてもらったところ、とても喜んでくれ自分が作ったものでこんなにも喜んでくれるなら、それを仕事に出来れば良いと思いました。

 

◆本屋で、【小さな「パン屋さん」のはじめ方】 平成12年10月30日初版発行の本を手にして、開業資金が手の届く範囲であったので、これ、いいかもと思ったことが最初のきっかけです。

 

◆保育園で給食を作っていて、「作る」ことが好き、「作ったものを食べておいしいと喜んでもらう」ことがうれしいと感じました。家でお菓子は作るけど、パンは全く作ったことがなく、でも小さいころからパンが好きで純粋に作りたいと思いました。

 

◆もともと製パン・焼き菓子に興味があったのですが、職業にしようとは考えてはいませんでした。父の畑を相続することになり、減農や無農薬野菜作りを始めたのをきっかけに食に携わる職業を意識するようになりました。

 

◆私は、毎年クリスマスシーズンになると職場の先輩から飛騨高山にあるパン屋さん「TRAIN BLUE」のシュトーレンをいただいていました。TRAIN BLUEのシェフである成瀬さんがNHKのプロフェッショナル仕事人へ出ているのをたまたま見て、彼が「パン仲間とフランスを回った時、本当の田舎に3つ星クラスの名店がある。高山のような地方の小さな街にこそ、味・接客の優れた店があるべきだと」いうお話をされていて、私の実家も田舎なので「私の町にも誇れるおいしいパン屋さんがあったらいいな、私ができたらもっといいな」と漠然と思っていました。また、会社へ通う乗り換えの駅においしいパン屋さんがあって、朝お昼ご飯を買っていました。仕事で朝つらい時、店員さんが元気に気持ち良く「いってらっしゃい」と送り出してくれて、パンと人、両方から元気をもらえたんです。私が元気になれたように、今度は私がおいしいパンを作って、恩返ししたいなと思ったのがきっかけです。

 

◆30年以上前になりますが、私が中学生の頃、自宅の近所に新しくパン屋ができました。それまでは、スーパー等で売っている大手のいわゆるあんぱん・クリームパン等しか食べていませんでしたが、この店で食事パン・総菜パン・菓子パン等の多様なパンが売られるようになってから、頻繁に通って食べるようになり、パンが大好きになりました。そして、パンが「食事」から「おやつ」まで多様な形に変われることでパンの大きな可能性を感じ、少しずつパン屋への憧れが膨らんでいきました。

 

◆23年前、最初に就職した会社の後輩の夢が、将来はパン屋さんになりたいと言うのを聞き、「その夢いいな、もらった」と思ったのが最初のキッカケです。また、25年前にイギリスに1年弱留学した際、現地のパンの味は、これまで日本で出会ったものでは味わえないものでした。あの味を再現したいとも思っています。

 

◆私は、公務員(先生)の家庭に育ち、ごく普通の環境の中、勉強していい高校いい大学をでていい会社に就職して、というような平凡な人生を送ってきました。いわゆる大企業で働いて40歳を過ぎた頃から、自分に夢がないことに気付き、会社を辞めてみようと考えてみました。その時住んでいた北九州のとあるパン屋さんに入った時何か感じるものがあり、漠然と自分もパン屋さんをやってみようかなと思い、次第に真剣に考えるようになったというのが、きっかけです。

 

◆以前から『食』について興味があった。ホテルで働いていた時、毎朝ベーカリー厨房から匂ってくる焼き立てのパンの香りがすきだった。

 

◆子供が大きくなったらやりたい仕事で、パン屋さんと答えたのがきっかけで、自分も小さいころからパンが好きで近所のパン屋に行ってはメロンパンを買った思い出があります。就学前の年齢でしたが、このメロンパンにたまに干しブドウが1~2個入っている時があって、その日は何だか幸せな気分だったことも覚えています。今でもメロンパンが好きです。また、高校生の時、カレーパンの美味しいお店が下北沢にあると聞いて、買いに行ったこともありました。それを、子供が思い出させてくれました。また、最近障害者支援関係の団体に加入したところ、障害を持った方たちがパン屋で仕事をしていることが多いのに驚きを感じました。

 

◆大学に入学し、一人暮らしを始めた頃のことです。お金がなく、食事代を安く押さえるためにスーパーでパンを買いよく食べていました。その内、パン屋さんにも時々行くようになり、「やっぱり、パン屋さんは美味しいな~。」と思うと同時に甘い香りと香ばしさが漂う空間が大好きになりました。ホッとする雰囲気もあり、そんなパン屋さんに行くことが楽しみでした。そんな好きなパンと幸せ雰囲気漂う空間を自分でも作ってみたいと思うようになりました。

 

◆私の家庭では食事はお米が中心でしたが、母がパンが大好きで家にはいつもパンがあり、私も毎日のようにおやつや勉強の合間に夜食としてパンを食べ、気分をリフレッシュしていました。                              近所にはひとつしかおいしい個人店のパン屋さんがなく、いつか自分でパン屋さんを開きたいという夢を持つようになりました。東京に行ったらパン屋さんになるといつも周りに言っているほど気持ちは堅いものでした。アルバイトもパン屋さんでしか経験がないほどの無類のパン好きです。

 

◆私は高校生のころに、ベーカリーでアルバイトをした経験があります。その時のパンの香ばしい香りが大好きで、パンを選んでいるお客様の楽しそうな顔が印象的でした。その時に、自分で作ったパンをこんな風に売ることができたらいいなと思っていました。

 

◆小学生の卒業文集で、私は漠然と「40代で独立開業している」様な事を書きました。人生で初めてライフプランを真剣に・心の声を聞いて作成したのだと思います。以後も漠然と想いだけは持っていました。時が経ち、私は派遣会社に就職し、大手製パン会社やチェーン展開する店舗の方々と話したりするうちに、『食の製造は、人様のライフラインを預かる重要な仕事』として認識し、「もし独立開業するならパン屋」という想いが生まれました。

 

◆私自身パンが大好きでよく食べるせいか、子供たちもパンが大好きになりました。子供達が「ママがパン屋さんだったらいいのにな」という言葉をキッカケに「パン屋さん」という職業に興味を持ちました。

 

◆パン職人という言葉が示すとおり、パン作りには技術力を向上するために日々の努力が必要だと思います。私は20年間デジタル回路の技術者としてスキルを上げる楽しさに触れてきました。パンの豊富なバリエーションと主食としても菓子としても多くの人々に愛されているこの食べ物に奥深さと愛着を感じており、少しでも美味しいパン作りを目指して日々切磋琢磨する事が人生の喜びに繋がると思いこの業界を選択しました。

 

◆好きなことを仕事にしたいと以前から思っており、40歳になる手前で、考え抜いた末、パンしかないことが分かりました。パンであれば、一生毎日食べていける、パンのおいしさを追求し続けらえる、パンの美味しさを、皆に提供し続けられると思います。そんな父親を家族も応援してくれるからです。

 

◆私は、子どもの頃からパンが大好きでした。社会人になりパン教室に通いパン作りに出会いました。そして作ったパンを家族や友人が「おいしい!」と喜んで食べてくれる姿を見て、いつかベーカリーを開きたいと思うようになりました。

 

◆小さい頃からお菓子作りが大好きで、自分なりに勉強して腕を磨いてきました。10年以上前にパン作りの面白さに目覚め、仕事もベーカリーでの製造を選び、今日に至っています。

 

◆2年くらい前からベーカリー店にパートとして勤務しています。直接パン作りには携わってはいませんが、毎日売り場に並んでいくおいしそうなパンを見ながら、自分でミキシングして成型してみたいとずっと思っていました。子供たちもパンが大好きなので、焼きたての温かい添加物のあまりはいってないパンを食べさせてあげたいです。近所の小学校のそばに自宅の一階の一部をお店にしている小さなパン屋さんがあって、おいしいと評判でお昼位には売り切れていて、そんなこじんまりした自分ひとりでやっていけるパン屋さんができればと思います。

 

◆私は、食べる事が好きです。約2年前、パンやスウィーツに幸せを噛み締めている自分が居る事に気が付きました。また、パン屋さんで、一瞬なのに店員さんから頂いた笑顔に癒されているなと感じていました。そこから、飲食業界に興味を持つようになりました。

 

◆幼いころから食べること、料理を作ることが好きでした。甘いものが特に好きだったせいか、お菓子を作ることが多く、自分が作ったものを食べておいしいと言ってもらえることをうれしく思っていました。また、高校時代、アルバイト先で食べたシナモンロールがとてもおいしくて、自分でもおいしいシナモンロールを作れたらと思ったことが”パン業界”を選んだきっかけです。

 

◆ゴルフ場に行く時に山の中にあるパン屋のパンが美味しく 近くに行くたびに通っていて店のオーナとパンの話を聞いていくうちにいつかパン屋を自分で開店したいと思う用になった。

 

◆私は、学校を卒業してから現在まで飲食業界とはまるで縁のない建設業界でその職責を全うしてきました。その内容は日本全国~他国まで出かけて、お客様の懐で仕事をする(納品する)という「他人の庭」での仕事です。あるときに仕事で海外に出向いた折に毎日近くの「パン屋さん」へ朝食を調達しに通っていました。そこでフランスパンのおいしさに感動したのをきっかけに、お客様が自店(自分の庭)へ来てくれるような仕事(パン屋さん)がしたいと思うようになりました。

 

◆もともと何かを作ることが好きで、よく、ちょっとした工作や日曜大工、簡単な料理などをしていました。仕事では、これまで技術職及びそのマネージメント職を務めてきて、もっと純粋に物作りが出来ないかと思うようになったことがあります。もうひとつは、近年とてもおいしいパンに出会ったからです。技術次第でこうも違うのか、それ故に、世界中で、かつ、様々な料理とともに食されているのか、そうした驚きがあったことです。

 

◆以前から、パンが好きであり、何時か、パンの店をやってみたいと漫然と思っていた。出張等で地方に行った際、地域地域の特長ある素材を使ったパンを食べ、自分でもこのような店をやってみたいと思っていた。

 

◆子供に手がかからなくなった時、パン教室に1年間通いました。初めて作った焼きたてのパンを食べた時のおいしかったこと!自宅で作るようになりましたが、やはり難しく、本を読んでも自分の知りたいことがなかなかわからないままでした。パン作りを基礎からしっかり勉強したい、わからないことがわかるようになりたい、そんな気持ちが徐々に膨らんで学校に行って勉強したいと思いました。

 

◆自分や家族や関わった方たちや地域の方達をも幸せにするには何をしたらよいか考えていました。飲食は人と人をつなげる仕事、パン屋は子供からお年寄りまで常にそばにある食べのであり、世界中どこでもみんなのそばにある食べ物であるから「パン」というアイテムを使ってそれが実現できると考えたからです。

 

◆もともと、パンを食べることも(趣味程度ですが)作ることも好きだったからです。

 

◆私はフランスパンが大好きで、休日にはバゲットを一人で一本食べるのが楽しみでした。子供の頃から『食』の仕事に興味を持っており、将来そういった仕事に就くのが夢でした。

 

◆身近な所で商売がしたかった。多くの駅前や人の集まるところでは必ず「パン屋さん」があるのに注目して。

 

◆55歳で退職した後は、無農薬野菜を育てながらの生活を4年半してきました。野菜たちが日々育っている姿をみながらの生活は充実したものと思っています。しかし、市場に卸すほど沢山育てることは難しく、近所の方に安くお分けする程度で、この無農薬野菜で商売してみようという気にはなれませんでした。そんな中、日々の生活費をかせぐことができ、他の人との触れ合いも感じることができそうなパン屋さんはどうかなという単純な動機でした。美味しいパンを近所の方に提供できればどうだろう、もしパン屋を開業できたら、野菜も一緒に提供できるのではないか、無添加のパン、無農薬の野菜、いいのではと思ったわけです。

 

◆昔から、漠然と飲食に関係する仕事をしたいと思っていました。子育ても終わり、今の仕事を辞めたとき何か興味を持ってできることはないか、人とかかわって、しかも生業にできる何かを見つけたい。しかし、それが何なのか、答えになるものは見つかりませんでした。以前、「人生の楽園」という番組で、旅館業を閉じ、手作りパンとドリンクを提供する店を経営することにした夫婦が力を合わせて頑張っている姿を見たとき、何年か先に自分もあんな風にできたらいいなと思いました。今の家には、子どもの学校や主人の職場が近いこともあって6年ほど前に引っ越してきたのですが、近所に知り合いと言える人はいません。少し淋しい気もしています。今は、職場のメンバーとのかかわりがありますが、退職すればそれも疎遠になることは分かります。パンを作ることで、人とかかわることができれば、「美味しい」って足を運んでもらえることができたら、今後もあったかい人生が送れるのではと思います。できれば、将来、主人が定年を迎えたときに一緒にパンを焼けたら、それが今一番の夢です。

 

2.夢に(再び)踏み出そうとしたキッカケ、決意

 

◆子供が卒業したら、今度は自分の好きなことを仕事にしようと思いました。また、現在の仕事は、自分に合っているところもありますが、人間関係にどうしても我慢できないことが多く、あと10年以上ここで頑張るなら、気力も体力もあるうちに、自分のために頑張れることをやりたいと思いました。また、現在の仕事柄、地産地消や地域の商店の活性化に興味をもち、地元で頑張る人たちのブログやフェイスブックを拝見し、そういった手段を使った販路開拓や人とのつながり方、情報の広がり方などをすごいと感じることがあるので、それらを利用し、自身の店舗の情報を発信しながら、人々が興味をもって、お店に来てくれたらいいなと思っております。

 

◆近年の社会情勢を考えた時に、会社員として定年を迎えた後の人生に不安を覚え、生涯続けられる職業としてベーカリーを考えるようになり、再び興味をもって見てみると、子供から若い世代、そして最近ではお年寄りにとっても身近な食べ物となったパンに将来性を感じました。また、幼い頃から興味のあったものづくりと、直接、お客様の反応が感じられる「お店」に挑戦したいという想いから開業することを決意しました。

 

◆主人と何度も話し合い、後悔のない人生を送るために、たとえ大変な道のりになろうとも、今「開店」に向けて歩みださなければいけないのではという結論に達しました。そのためにリライブでプラン二ングの授業を6カ月、その後パン制作の技術習得の授業を1年半~2年受講して、3年以内の開店を目指していく計画を立てました。今は実現が夢ごとですが、2年後は確実なものになるよう頑張りたいです。

 

◆宮城県沿岸のパン屋さんで働き始めましたが、まだ住宅事情も悪く、人が居ない、給料も安い。そしてペットが病気になり住み慣れたところが、主治医否いるので安心して任せられるかもしれないと思い再び東京へ来ました。今の仕事はパンにかかわってはいますが、パン屋としてはかなり遠い存在にいるように感じます。卒業して半年が経ち、今開業に向けて何か出来る事はないのかを探し出始めました。技術ではなく、仕事しながらも出来るものはないかと、それが一歩でも夢に近づける近道のように感じたからです。

 

◆定年が近づいて今後の生活を考えたときに、定年を延長して65歳まで今のまま会社勤めをしている自分が想像できなかった。定年後、働けるのはあと長くても20年。今から何をしたいかを考えだしたとき子供の頃の夢を改めて思いだし、最後に挑戦してみたいという思いが強くなってきている。たまたま、土地が手に入り今のマンションから移り住む計画が出たときに、そこに店が作れるのではないかと考えたのもきっかけの一つとなる。また、その場所がたまたま栄養学校の裏であることから、将来的には、できれば子供たちの社会に出る手伝いもしてあげられないかという思いもある。店を使って子供たちと社会とのつながりの場を作ることができないかと考えている。

 

◆食の安全が脅かされるようになった現在、無添加のパンを自分で作れば、既製品では得ることのできない安心・安全を得ることができます。そのパンを子供や家族に食べさせたい。また家族以外の人にも食べてもらいたいと思いました。また社会人になるときに「ものづくり」がしたいとの思いから今の会社に入りましたが、5年前に現在の部署に異動してからは、ものづくりの仕事から離れてしまっているので、「またものづくりがしたい」という気持ちが募ってきました。そこで現役引退までの少なくとも、あと20年は続けられそうな、ものづくりの仕事は何か?と考えたときに、実現可能な目標としてパン屋を開業するということを具体的に考えるようになってきたので開業の決意をしました。

 

◆数年前、自分のこれからについてじっくり考える時間があり、その結論が、自分は定年などに関係なく生涯仕事を続けたいということでした。前職を辞めずに定年まで続けて、その後店を開く、という事も考えてはみましたが、パン屋は体力の要る仕事、始めるならば早い方がいいと判断、一昨年退社し、今の店に移りました。私が住む街は、なぜか駅近辺に個人店がありません。駅前は現在再開発の計画があり、今後駅近辺にマンションなど新たなビルが複数建築されると予想しています。出店は、この再開発計画を見極めたうえで考えたいので、それまではひたすら技術を身につけ、いい物件が見つかり次第動き始められる様、計画を具体的に詰めていきたいと思っています。

 

◆毎日の長時間残業と中間管理職としての責任の重さにかなりのストレスを抱えていた。外出する時間もあまり取れず、休日は自宅で体力を温存・回復させるのに精一杯だった。その中で近所のパン屋に行ったり、自宅でパンを作ったりする喜びが唯一の自分のリフレッシュの時間になり、この楽しさを仕事にしたいと思うようになった。パン屋の様々な商品がいろんな人を幸せな気持ちにさせてくれることを私もやってみたい。いろんな人の「おいしい」の言葉を引き出せるパンを作って売りたくなった。ある程度の自己資金も貯まったため、今がチャンスと思った。

 

◆リライブという学校があることを知ったからです。今初めなければ、体力的にも時間的にも、もうあとは無いでしょう。とにかく踏み出してみようと思いました。365日毎食パンを食べるのはさすがに出来ませんが、パンが好きです。バブル時代に会社勤めしていましたので、ある程度の資金もあります。あとは、学校でしっかり学んで、自分の適性を見極めていくだけです。

 

◆調理実習の授業で小麦粉の生地を扱うことがあるのですが、生地をこねる時の感触の心地よさや、生地が膨らんだ時のワクワクした気持ちを感じるたびに、少しずつ職人に憧れる気持ちがでてきました。そんな折、社会人でもパン作りや経営について本格的に学べる場所があることを知り、自分も挑戦してみたいという想いをもつようになりました。8年間勤務して自分の夢にかけられる余裕もでてきたので、ここでパン屋開業の夢に向かって一歩踏み出してみることに決めました。

 

◆1年前、障がいを持つ子供たちへの教育・就労支援をする会社を経営している友人から「障がいを持つ中高生へパン作りを教えてほしい」という話をもらいました。パンを一緒に作って喜んでもらえるのならば、とパン教室の先生を引き受けました。子供たちはパンを食べる人が喜んでくれるのが嬉しいようで、将来はパン屋さんになりたいという子もいます。親御さんからも「教えてもらうだけでは将来のために意味がない、ぜひ仕事につなげてほしい」という思いを聞き、自分自身なんとなく抱いていた「パンの仕事をしたい」という思いが「子供たちや家族が本気なのだから、私も一歩踏み出してみよう」という思いに変化していきました。調べていくうちにヤマト福祉財団が立ち上げたスワンベーカリーをはじめとして、障がい者の自立をめざし、健常者と一緒に商品価値のあるパンを作りお客様に喜んでもらって成功しているパン屋さんがあることを知りました。お客様が喜んでくれるパンをつくることで障がいを持っていても自立できるビジネスができるはずだと思いました。友人の会社でもサポートしてくれるということで開業に向けて踏み出すことにしました。

 

◆一度しかない人生、新たなチャレンジをしようと思い、食生活の欧米化、多様化で需要が伸長しているパンを主体に、これまでの食品業界での経験を生かし、飲料商品を組み合わせたベーカリーカフェを開業したいと思い一歩踏み出すことにしました。

 

◆40代になり人生を折り返したなと感じた時に、「今のままでいいのか?」とふと思いました。あきらめていた夢を「実現させよう」と決心しました。それに主婦として、材料を吟味して料理を作ってきた経験をパン作りにも生かせると思いました。たとえば、おいしいお米を使った米粉パン、卵や牛乳などを使わないアレルギー対応パン、子供や高齢者のためにカルシウムを強化したパン、ダイエット中でも食べられる低カロリーパン、などのアイデアを形にしていきたいと思っています。

 

◆末っ子が小学生になり、そろそろ一日働こうと家族に相談したところ、だったらパン屋さんを始めたらどうか、という話をされ、とても嬉しくこのチャンスを逃したら次はないと思い、決意しました。最近ではスーパーやコンビニでは、かなりの種類のパンを低価格で販売するようになってきましたが、そのほとんどが食品添加物の塊にしか見えません。子を持つ親としても自分の老後を考えてみても、やはり食の安全は大きな課題だと思います。安くて種類も豊富で便利な事は、消費者にとっては良いことずくめの様に見えがちですが、一歩下がって考えればやはり体に悪いものは好まないはずです。消費者が食の安全を求めるこの時代に、無添加パンを販売することで食の安全について考える機会を作ったり、安全で体に良いパンを提供し勝負したいと思います。

 

◆米粉や麹を使ったパンの流行など、日々学び続けることが多く、日々新しい発見があることにとてもやりがいを感じました。ホームベーカリーの普及や家庭用オーブンの進化に伴い、家庭でパンを焼く人、手作りパンに興味を持つ人が増え、個性のあるベーカリー、パン教室の需要を身近に感じる事が多く、この業界に携わっていきたいと思いました。

 

◆開業資金もある程度確保する事が出来て、その間に町のパン屋さんで技術も少しずつではありますが、着実に向上させてきました。また、私生活でも結婚し、将来の生活を考えた時、開業に向けて本格的に行動していこうと決意しました。

 

◆2年前からパンを作る仕事をしていましたが、一から作ることはありませんでした。リライブで学び、自分で開発した商品を一から作り、提供したいと思いました。資金面でも目途がついたため、開業したいと思いました。

 

◆最近、何人かの知人が50歳定年説を掲げてサラリーマンを辞めて、様々な開業をしているのを見聞きし、現在48歳である自分も何かを始めるなら、このタイミングでと思い本スクールへの入学から始めました。昨今では無農薬野菜を活かした食事を提供する場所が増えており、自分も無農薬で野菜を作っていているので、これを活かしたお店を開業する決意をしました。

 

◆勤め先を辞め第2の人生を考えていた時、RE-LIVEの職人技を身に付け開業も夢ではないと知り入校の決め手になりました。授業は少人数制でいつでも質問できる気さくや先生のしっかり見てくれるサポートが心強い、そして恵まれた環境の中で今、この食の道に気づき、自分を信じて開業の夢を叶えて行こうと決意しました

 

◆34年間、地元で過ごし少しでも地元に住んでいる人を元気にしたいとの思いが強くなってきたのと、今、日本でパンを食べる人が年々増えてきている中、地元にパン屋さんがあまり無い事と自宅のローンもある程度のめどがついたので再び夢に向かって踏み出してみようと思いました。

 

◆そもそも、年齢を重ねるごとにサラリーマンの今の仕事が楽しめなくなってきた。年齢的に定年退職後に何をするかを意識するようになりました。しかし、今の仕事が次につながるイメージが持てずにいました。定年退職後に転職などの何か新しいこと始めようとする場合、気力、体力的にもハードルが高くなることが気になり、これからも長く働くためには、今から準備を始める方がハードルが低くてよいと考えました。

 

◆パン屋を始めようと思ったら、地域密着型にしようとか、子供に喜んでもらえるパンを作ろうとか、心が前向きになったことも一因です。

 

◆5年間栄養士として働き、いろいろのことを学び、また新しい目標に向かおうと思い、まずパンの勉強から始めることにしました。現在、アレルギーのこどもが増えてきているため、アレルギー対応のパンの販売をしたり、親子参加型のパン教室を開き、こどもたちだけでなく親同士のコミュニケーションの場となるようなパン屋を開きたいと思い、開業の夢に踏み出す決意をしました。

 

◆地産地消、減農野菜、マクロビなどへの消費者の興味が依然として根強いことが、自分の展開したい事業に合致しているのではないかと思ったこと。また、今、日本人として自分ができること、景気回復、雇用の確保の一端でも担えたらという思いから、開業を決意しました。

 

◆スーパーで食品を買うときは国産のものを買うようにしているますが、加工品などは食品の表示を見ると、国産でないものが多いです。できれば、安くて安全で美味しいものを誰しも食べたいと思っています。それが地元でとれた野菜だと思うんです。忙しいとアッという間に季節が過ぎてしまうけれど、地産地消の安全で旬な食材を使ったパンを作り、食べていただく人に少しでもほっとできる時間や季節を感じ過ごしてほしいと思います。地元で・愛される・誇れる・パン屋さんを開きたいという決意をしました。

 

◆システムエンジニアになってからは、この仕事を天職と考えて頑張ってきましたが、年を重ねて会社の成長とともに自身も管理職業務が増えて、入社当初考えていたモノづくりのスペシャリストのイメージと現実とのギャップが膨らんでいきました。40歳を過ぎた頃、このまま定年まで今の仕事を続けるか、思い切って自身の原点であるモノづくりの仕事に就けないかを模索しました。その中でパン屋への憧れが再燃して、今なら大好きなパン屋を開業できるのではないかと感じ始めました。なお、開業を考えるなら金沢でと考えています。もともと上京当初からいつかは金沢に戻りたいと考えていました。現在の金沢を考えてみると、人気のパン屋は増えてきているものの、まだご飯食中心の家庭も多いので、まだまだこれからパンへの需要が高まっていく可能性を感じています。私自身も現在金沢に土地を所有しており、開業資金も目途がついたので、東京で勉強して金沢で開業する絶好の機会と思い決意しました。

 

◆独立について考え始めたのが5~6年前でした。しかし、どんな商売がいいか全く思いつかずにいたところ、数年前にテレビで、パン屋開業までをサポートしてくれるところがあると知ったこと、最近調べたところ、粉もん業界ははずれが少ないと言われていること、町のパン屋がほとんどつぶれていないことなどを認識しました。現在の退職金を計算すると、開業資金のある程度はなんとかなるかもしれないと思い、「そう言えば」と、23年前の夢を思い出し決意しました。

 

◆今年4月で勤続25年になり、厚生年金の100%支給条件をクリアーし、退職金を含め開業資金の目途もある程度ついたことと、やはり来年で50歳になるので、ひとつの区切りとして決意しました。また、パン屋開業に向けては、パン教室に通ったり通信教育を受けたりしていたが、今回信頼できる開業までの道を一から学べる学校に入ることができたことが最も大きな決断のきっかけです。

 

◆近年、食の安全についてのニュースを見聞きし食について考えるようになった。震災を経験し食の重要性を再認識した。なにか自分で安心できる食べ物を作り、それを仕事にしたいと考えている時にRe-liveに出会いなにか自分の落とし処を見つけた気がした。

 

◆子供の一言に尽きると思います。それに、背中を押したのが、障害者の方の頑張りです。美味しいパンを作り、少しでも幸せな気分になって頂ければと思っています。ビジネスとしての可能性は、正直良く分かりません。また、「食ビジネス」に関しては”内食ブーム”と言われているそうですが、ブームは一時的なものでしかないと思っています。いろいろなブームに左右されない小さな店からのスタートを考えています。退職金の一部を充てることで開業に踏み出す決意をしました。

 

◆再び、と言うことではないですが、天気予報を行う会社である程度働き、ある程度の知識や経験を積むことが出来たと思います(本当はまだまだ駆け出しですが)。天気予報をまだ行っていきたい、という想いも無くはないですが、貯金もそれなりに貯まり、ここで次の目標に踏み出さなければタイミングを失いそうな気がしたためです。しかし、いつも胸の奥に「パン屋さんになる為に東京に出てきたはずだ」という気持ちが根強く残っていました。去年、東日本大震災を経験したことがきっかけで、たった一度の人生をこのままで終えたくないと改めて考えるようになりました。また、被災地へボランティアに参加した時に、「食」は人が生きていく上で欠かせないものであること、そして人を幸せな気持ちにできることに直面しました。                                                 そこで、私も食の業界に携わりたいと考えました。東京にはチェーンのパン屋さんが多い中、ひとつひとつを心を込めて作り、地域の方が気軽に立ち寄れる個人店を開き、自分がそうであったようにおいしいパンを食べて人に幸せになってもらいたいと真剣に考え、開業の決意が芽生えました。

 

◆子どもから手が離れた50代を迎える頃、ふと、定年後の自分の姿を思い浮かべた時、「ゆったり、のんびり自分の趣味をしながら・・・・・・」ということがどうしても思い浮かべられませんでした。ちょうどその頃、テレビなどでも「パン食が年配者にも増えている」等の情報をよく耳にするようになり、以前からやってみたいと思っていた自分の思いが重なりました。できるかどうか悩んでいるなら、まず、動いてみようと踏み出す決心をしました。

 

◆40代になり、派遣業界に先細りを感じつつ、家に帰れない事もありながらの業務をする傍ら、年金問題がきっかけで「70代まで働けて、家族ともっと時間が持てないか?」と考えるようになりました。真っ先に『パン屋』と家族に言うと、「夢を一緒に持ちたい」と協力してくれる事になりました。また、独立開業するのであれば『物の製造者』という責任とリスクが付いてまわりますが、安全・安心>品質>生産性を常に徹底する事で責任を果たし、お客様に自分たちが考えて作ったパンを食べてもらう喜びでリスクの殻は打ち破れると思います。ライフラインに関わる所でのビジネスなので、売上のベースも期待でき、立地やメニューの工夫や様々な改善などにより、高収益も見込めるのでは?と思い、独立開業を決意しました。

 

◆一歩踏み出さなければ何も始まらない事に気付き、食材の放射能汚染の問題が騒がれている中「安全、安心」な真心がこもったパンを食べさせたい思いが強くなりました。主人も私の思いに賛同し、資金など開業に向け協力してくれる事になり、開業の夢を叶えたいと決意しました。

 

◆年を取るにつれ時間の早さ、人生の短さを痛感しこれからの人生を考えたときに、どんなに生活が安定していても最終的に後悔するよりも、残りの人生を精一杯生きるために、まずは自分の理想とする生活にチャレンジした方が良いと思い決断しました。

 

◆今の仕事で不自由はなく、40歳手前まで来ましたが、今の仕事をこれから何十年も続けていくのかと考えた末、これからは好きなことに人生をかける決断に至りました。家族の同意も得られ、より楽しい人生を楽しく、生き生きとしたものしたいと強く思っています。

 

◆趣味としてパン作りを続けてきましたが、やはり自分が作ったパンを家族や友人はもちろん、多くに人々に食べてもらいたいと思うようになりました。自分の家族のために作るのと同じように、小さな子どもたちからお年寄りまで安心して食べられるパンを作り、お客様と喜びを共有したいと思いました。ベーカリーを開きたいと思うようになってから、開業に向けて資金作りに励み開業資金も一定目処がついたため、開業を決心しました。

 

◆ベーカリーで働いていて、果たしてこんな商品をお客様に提供して良いのかという疑問が次々と湧いてきました。美味しいとはとても思えないパン、添加物だらけのフィリング使用など、数え上げたらきりがありません。そして今やっと自分の為の時間が持てるようになり、これからはやりたいことをやる!!と決意しました。そこで、自分が納得のいく安全で美味しいパンを作り、ベーカリーのないこの地域のお客様に喜んでもらえるお店を開業することにしました。

 

◆自分の年齢を考えて、今踏み出さなければもう時間がないとおもいました。第2の人生を夢じゃなくて、現実にしたいと思います。これからの1年間を休まず通い技術と開業のノウハウを学び、1年半後くらいには開業できるように頑張りたい。

 

◆食材や味にこだわり、食べたいパン屋さんを探求しているうちに、食材や味にこだわっている程高級・高額と比例しているように感じました。本当に比例しているのだろうか・・・美味しいパンを探すだけでなく、美味しいと思うパンを安価で自分自身でも作れたら良いなと考えるようになりました。更に、お客様という友達では無い立場の方から頂くレスポンス、それに加え多くの笑顔に出会えたらもっと美味しいものが出来上がるのではないかと考えが膨らんでいきました。その考えと共に6年間続けた仕事を辞めようと思った時、夢に踏み出そうと決意しました。

 

◆会社員として日々業務に終われる日々を送っておりましたが、3月におきた地震をきっかけに、今もし自分が死んだら後悔のない人生だったと言えるかという事を考えるようになりました。考えるうちに、いつ何があっても後悔しないように、自分の好きなことを仕事にしてみたいと思うようになり、夢に向かって1歩踏み出そうと決意しました。

 

◆最近では、米粉を使ったパンが注目されていますが、これに限らず”パン”という業界の可能性はまだ無限にあると思います。また、以前は何かを成し遂げたことが無く自分に自信が無かった私ですが、会計士の試験を受け、合格したことで、開業後の店舗運営の際に必要となるであろう会計の知識はもちろんのこと、自分でもやればできるんだという自信がついたため夢に踏み出す決意をしました。

 

◆調理師専門学校に通い何回かパンを作った事で パン作りが楽しくなり 朝の時間にパン屋でバイトをして 自分での少しばかりのやる気が出てきて決意をしました

 

◆2ヶ月ほど前(8月)に出張先で病気になりそれからまもなく帰任して入院しました。10日ほどの入院期間中に現在の自分の仕事と行動範囲には限界があると思うようになり、やはり「自分の庭」で思い切り勝負してみたい お客様を「自分の庭へ呼び込みたい」という思いがいっそう強くなりました。最初は自分ひとりで経営できるぎりぎりの投資額で始め、ノウハウが身に着いた暁には、海外の「パン屋さん」に負けずとも劣らないおいしいフランスパンを日本で売りたい、また日本のパン(菓子パン、惣菜パン・・・)を海外の日本人に供給できるようになりたいと開業の決意をいたしました。でもたぶん軌道に乗せるには私が80歳を超えている可能性が高いのですが。

 

◆転勤で東京から稚内という僻地勤務になったことで、環境的に自分がやりたいことがここでは出来ないと思いました。そしてこのまま歳をとっていくのはやはり勿体無いと思い体力があるうちに退職し、飲食業界で働くため東京に戻り勉強もしなおしました。先月開催された「世田谷パン祭り」に行きましたが、その大盛況ぶりを見るとベーカリー業界はまだまだ衰えてなく、ドイツパンなども大人気なので技術と経営を勉強して地元で開業することを目標にしました。

 

◆定年後にIターンで田舎で生活することを夢としていましたが、それを具体的に検討する過程で、自分でもおいしいパンが作れないだろうか、それも毎日食べてもらえるような高いレベルでと考え、自身が望むレベルの技術を習得するために相応の期間が必要と判断しました。

 

◆自分の開業意志が固まった。●つくりたいパンのイメージが固まってきた(自分の思いだけですが)。(地元産小麦、地元の天然水、自家製天然酵母、添加物を使わないパン、パンにはさむ地元産の野菜・肉、パンに混ぜ込む地元産の果物・野菜、地元産の米粉パンなど)●家族の理解・賛同が得られたこと。●開業に関する資金がそれなりにたまってきたこと。●技術・知識を身につける機会が得られたこと(Re-Liveの入学)。

 

◆成人した息子たちは、自分の夢に向かって一生懸命生きています。息子たちは、専業主婦でずっと生きてきた私に前に進む勇気をくれました。厳しいと思いますが、小さくても私の焼いたパンを買いにきてくださるようなお店を開きたいと思いました。

 

◆自分の想いを形にするには開業するしかないという事を家族も共感してくれたこと、パンを通してただ売るのではなくコミュニティーの場としてのお店づくりをすればいろんな可能性がイメージすることができたため、再び開業の夢に踏み出す決意をしました。開業し子供からお年寄りまでみんなが自然と集まるスペースを作り、パン教室を開いたり、学校に赴いて食育も可能にできる。

 

◆1番の理由は、子どもたちがある程度手が離れ、自分のための時間を作ることができたからです。また、主人がバックアップしてくれると言ってくれたので、まずは、いづれ開業できた時のためのノウハウを学びたいと思ったからです。近年、前職に会社も含め、業界自体に疑問が出始めました。そして、今年の3月に退職を決心し、自分にできること、これから先やってみたい仕事として『パン屋』さんという希望がでてきました。退職後の半年間で数十件のパン屋さんに行って見ました。多少高くてもおいしいパンやこんなパンが欲しかった、といえるようなパン屋さんはとても活気があり、現在の不況下でも頑張っている姿を見ました。できれば地元での開業を目指し、古くから住んでいる地元の人々に愛されるパン屋さんになりたいと思います。また今回の計画を家族・親・兄弟に相談したところ快く賛成してもらえ、バックアップもしてもらえる話があり決意しました。

 

◆あと数日で40歳。 区切りが良いと思うのは自分だけか。 大学を卒業し、金融マン、起業家そして市議会議員と興味があり出来るものはやってみた。 挑戦という意味で単純にパン作りでなく「パン屋」から何かを作り出していきたいと想う。新たな夢にこれから挑戦するためのきっかけ作りをリライブフードアカデミーに託すことにした。開業資金はある程度たくわえているので、開業への決心が確固たるものとなれば、パン作りを楽しみ、野菜作りも楽しみ、安心・安全なパン、野菜を提供していきたい。

 

◆自分の年齢を考えると、そろそろ第二の人生の準備に入る時期だと思う。子育てもそろそろ完了するし、主人の定年後に、自分は何をしていくのか今から準備をしておくべきだと思う。楽しく、生涯現役でできそうなことを見つけたから、可能性を信じて技術を身につけるしかない。 小さな店でいい、真面目に、美味しいものを提供できるような店を作りたい。                             

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