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パンの学校に通い、パン屋さんを開業しようと思ったきっかけの特集パート1(ベーカリーコースの受講生の声)

パンの学校に通い、パン屋さんを開業しようと思ったきっかけの特集パート1(ベーカリーコースの受講生の声)です。

 

1.パン屋さんを開業しようと思ったキッカケ

 

◆私はテレビアニメを観た事がきっかけで、「パン屋」という職業に興味を持ち、

小学生の頃、図工の授業でよく「パン屋」にかかわる作品を作っていました。

 

◆仕事に疲れた時、時間がないけれどお腹が空いてちょっと食事がしたい時、パン屋に立ち寄っている自分がいます。私には欠かせない場所だなと思うと同時に、自らそんな場所を作りたいと思ったのが、パン屋さんを開業しようとした最初のきっかけです。

 

2015年から妻、娘が料理教室に通うことになったのをキッカケに、興味本位で自分も料理教室のブレッドコースに通い出した。また、市内のパン屋で教室を主宰していることを知り、時々参加させてもらっている。

そうこうしているうちに、定年後の第2の人生にパン屋の開業を思うようになった。

 

◆最初に興味を持ったのは、201410月頃です。何か趣味を見つけようと思い、周囲にパン教室に通っている人が多いのもあり、手に職が欲しかったのと、自分もパン作りをやってみようと思ったのが一番最初です。

次第に家でも作るようになり、人にプレゼントもし、その時にとても喜んでもらえることがうれしく、また「お店開けるね!」という言葉をきっかけに、いつかパンのお店を開けたらいいなという夢を持つようになりました。

パンを作るようになってからはパン屋巡りをするようになり、チェーンではなく個人店を巡っているうちに個性裕な店舗を見つけては、自分の中で「こういうお店が持ちたいな」という思いが芽生え始め、「いつか」ではなく「今」という夢から目標に変わりました。

 

◆私は、甘いものがとても好きです。

子供の時の給食で出された揚げパンも大好きなパンです。

あんぱんも好きですし、クリームパンも好きですし、ラスクやシュトレンなどのパンも好きです。

そんなパンを自分でつくれるようになれれば良いなと思った事がキッカケです。

 

◆弊社が北海道八雲町の天然水サーバーを扱っており、平成30年を目途に八雲の天然水を使用した商品を扱う総合ショップをオープンするにあたり、その中の一つで、食パンを販売する為。

 

◆小さい頃からお米よりパンが好きでしたが、業界(仕事)として選んだキッカケは結婚し子供が出来た頃からでした。今では子供3人おりますが、家族全員パンが好きで、笑顔で美味しいパンを食べる子供の姿を見て「パン屋をやりたい!」「子供たちが笑顔で食べてくれるパンを自分で作りたい!」と思い始めました。

 

◆約10年前に自宅でホームベーカリーでパンを焼き始めて以降は、全く市販のパンを買わなくなっていました。その後ホームベーカリーを使ってではなく、自分でパンを作ろうと思い45年前からパン教室に通い始めてパンを作る楽しさ、幸せを知り、改めて自分はパンを作ることが好きなのだと思いました。

 そして、いろいろなパンを焼くうちに、安心な国産小麦を使って旨味のある天然酵母のパンを焼きたい、人に食べてもらいたいと思うようになりました。

 昨年パン好きの友人にホシノ天然酵母で作ったパンを試食してもらったところ、「とてもおいしい。普段から天然酵母のパンはよく買うけど天然酵母と言ってもおいしくないのもあるのよ。でも、あなたのパンは相当レベルが高いと思う。うちの近くでパン屋さんをしてください。」と言われ私にもパン屋さんができるかもしれないと思いました。

 

◆小さいな頃からパンは好きだったのですが、義理の兄が、フランスで働いている時に、当地を訪問し、

街なかにある普通のパン屋さんで購入したバゲットに心打たれ、それ以来、バゲット(フランスパン)が好物となり、日本でも美味しいバゲットを探すようになりました。

スーパーなどで販売しているバゲットという名のパンは、とても私の考える美味しいバゲットではなく、

失礼な話ですが、そこそこ名の売れたパン屋でも、私の求めるフランスパンには、中々出会うことが出来ず。

自分で、自分が納得できる美味しいバゲットを作ってやろうと思ったのが、「パン屋」になろうと思ったきっかけです。

 

◆2年前、妻の両親が山形の蔵王(標高600m)に引っ越し、そこの水(地下水)で作ったパンが今までで一番おいしく、ここでパン屋さんを開業し、営んだらきっと素晴らしい店にできると思ったからです。

 

◆食については全般的に作ることが大好きです。高校生の頃よりケーキを作りはじめ、パンにも挑戦したことはあるのですが、発酵がうまくいかず一度は無理!とあきらめました。

ところが、5年前に発酵機能付きのオーブンを入手し、「これでできる!!」と思い、図書館からパン作りの本を片っ端から借りてパンを作りはじめました。

家族や友人たちにも喜ばれ、おいしいものは人を幸せにするという思いを強く持ちました。

 

◆最初は、妻がABCクッキングスタジオに通い始め、製パンの面白さを色々聞いていくうちに、興味を持ち始めたのがきっかけです。

その後、本当にパン職人を目指したいと思ったできごとがありました。

ある時、農家の友人にその家で栽培した南部小麦で作ったうどんをいただき、そのおいしさに驚きました。その小麦本来が持つ香り、旨みが、それまで食べていたうどんとは、全く違ったのです。

もともと料理が好きで、パンに興味を持ち始めていた私は「いつかこの小麦でパンを焼いて、みんなにそのおいしさを教えてあげたい。」と思う様になりました。

 

25歳ぐらいのころ、何気なく体験授業を受けに料理教室に行きました。最初は家庭で困らない程度の料理が出来ればいいぐらいにしか考えていなかったのですが、パン作りを初めて体験し、パンの魅力にどんどん嵌っていきました。

 

◆祖母に育てられ、日々の食卓や弁当はもっぱら和食中心でした。健康な体に育ててもらい、今にして思えば幸せな事であるが、パンのある生活に憧れた事が始まりである。大人になって喫茶店のモーニングを注文できるようになり、分厚い食パンにたっぷりのバター、名古屋に住む人の定番で、いつしか自分で食パンを作れるようになりたいと思いました。

 

◆私は、出版社を経営しております。どの事業も私にとっては魅力的であり、ある程度の業績も上げてきましたが、“マスメディア”という形態ゆえ、お客様に直接接するということはできず、自分の作ったモノの評価は間接的にしかされないというジレンマも感じておりました。

そんな中、知人で映画業界からパン屋の開業という道を選んだ友人と話をする機会がありました。そのときに、「お客様に直接感謝されたり、頼りにされたりすることは映画業界にいたときには感じなかった感動があり、自分モチベーションにもなっている」、という話が印象に残りました。

その話を聞き私も“パン”という日常において必ず必要であるモノを作り、販売することにより、私自身でも今まで感じなかった感動や感謝という気持ちを味わいたいという気持ちが大きくなり、パン業界に興味を持ちました。

 

◆私は子供の頃から母親がパン屋で働いていたこともあり、いつもパンが身近にありました。毎日のように食べるパンは私にとってあることが当たり前でした。

 

◆趣味の仲間が数人で、数年後に燻製小屋を立ち上げる、という話を昨年聞いた。

自分も力仕事でも手伝えたら楽しいと思い、あれこれ考えを飛躍させながら空想していた。

そこで、何かしらの技術をもって参加できたら面白いかもしれない、ということから

ベーコン → お酒 → パン の連想で、製パンの仕事に興味を持ったのが、最初のきっかけである。

 

◆第二の人生を考えていたとき、犬に携わる仕事をしたいと思っていた。その選択肢のひとつにドッグカフェがあった。ベーカリー体験授業がとても楽しかったこと、私自身も毎朝パンを食べるほど好きだったこともありベーカリーショップの開業を目指した。

 

◆私は、小さい頃長野の山奥で育ちました。家庭では、山奥なのでパンを食べる習慣がほとんどなく、おやきが調理パンのかわりでした。だから、給食で出されるコッペパンや食パンが私にはとても「夢」を感じさせるものでした。その頃からパンに興味を持ち始め、将来の職業としてパン屋を意識するようになりました。

 

◆私は、小さい時からパンを食べることが大好きで今でもパン屋を練り歩いてそこの気になったパンを食べることが趣味の1つになっています。

仕事として興味を持ったのは、現在の仕事で店舗運営に携わってあり、店長として学んでいる中で将来は自分個人のお店を出せないかと思ったことがきっかけです。

そこで自分のお店を作るなら自分が大好きなパン屋を開業したいと思いました。

 

◆かつては、パンはほとんど食べない食生活が、海外赴任時に主食が米からパンへシフト。

日本への帰国後、国内のパンの質の高さ、世界中ーのパンが食べれること、そしてパンをつくる面白さを知った。

 

◆私は、幼少の頃より、パンが大好きで又、近所のパン屋さんで食パンをスライスしている所を見ているのが好きでした。その頃より「パン屋さん」という職業に興味を持ち、幼稚園の卒園アルバムに将来の夢を「パン屋さん」と書いていました。

 

◆残業続きで疲れていた朝、朝食に食べたパンが美味しかったとき、とても幸せな気持ちになりました。疲れが無くなったわけではないけれど、それでもよし頑張ろうという気持ちが戻ってきたのです。

それ以来、今、疲れてしまっている誰にも、そのときの自分と同じ気持ちになってもらいたい、という気持ちを持つようになりました。

 

◆「パン屋開業」のドキュメンタリー番組を見て、今からでも「パン屋開業は可能である」ということを知りました。

今まで漠然と抱いてきた、「何かを自分で作って人に提供したい」という想いが、

「パン屋開業」で具体的になり、その想いが強くなりました。

今後の、お米離れなどの食事スタイルの多様化や、高齢化社会によるパン食ニーズは拡大の見込みです。

食の安全性への関心、健康志向が高まっている中、使う材料への配慮や、

可視化(工程や材料、栄養価の開示など?)、パン以外に店頭に置く商品にもこだわり、

差別化も図ることによって、お客様にとってなくてはならない店づくりを展開したいと考えています。

 

◆子供が食品添加物に弱く、パンやソーセージなどの加工食品を食べると具合が悪くなる体質でした。

そこで家族が食べる分のパンを作るようになりました。

毎回修正し、工夫し、食べる人の反応を見て、希望を聞いて次回のテーマを考えるサイクルを何度も重ねました。機械とは違い、狙った通りに作れない発酵食品の難しさ、相手の反応のダイクレクト感、計画から結果までのサイクルが短いことによるスピード感などを非常に面白く感じました。

実際にパン屋でアルバイトをしてみて、パン屋ならではの製造リズムや製品アイテムの深さなど、家庭パンでは気付くことのできない面白さも感じました。

 

◆業界への一歩は「食べることが好き」から始まりました。

次に、美味しい物を発見した時の喜びや感動が、二歩目の「自分で作る」ことに発展しました。

食事の時間は、楽しくありたいといつも思っています。一人で食べる時も、二人或いは大勢で食べる時も。

そこには単なるエネルギー補充でなく、美味しい物で笑顔が生まれ楽しい時間が創れる役割があると思います。

その一端で誰かの「楽しい食」に関わりその「楽しい」を共有できるとなんて素敵なんだろうと思います。

そして自分が自信を持って「美味しいよ!」と言える料理・パンを提供したいと思い、三歩四歩と前に進み始めました。

 

◆豊洲に引っ越して暫くした頃、近所で出会った「ベルべ」というベーカリーに買い物に行った時の事。

会社員の多忙に追われる中、ふと店内を見回すとそこには美味しいパンと共に幸せと笑顔の顧客を垣間見てなんて素敵な空間なんだと感動し震えました。

それまでコンビニのパンだけを食べていた私にとって、パンに対する見方が変わるキッカケと成りました。

 

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2.第2の人生、夢・目標に向かって、1歩踏み出そうとしたキッカケ、決意

 

◆体に良い食品や悪い食品を、消費者一人ひとりが見極める力が必要であったり、

食糧廃棄量の問題を耳にしたとき、改めて私自身も食にかかわってみたいと思いました。

今の会社勤めの環境であれば、開業に向けた準備・勉強が出来ると思い、本格的に始める決意をしました。

 

◆サラリーマンを辞めて、フリーランスとして仕事をするようになり、

自分の時間をコントロールすることができるようになりました。

副業もできるようになり、隙間時間を使ってパン屋でアルバイトを始めました。

2年前、脱サラしてフリーランスになるかパン屋になるか悩んだことがありました。

知らない業界に飛び込むことに躊躇して実現しませんでした。

その時にパン業界に入らなかったことを今は後悔しています。

既に脱サラしているので会社を辞めるかどうかの決断は必要無く、

今のところ開業資金、体力なども余裕があり、動くなら今はチャンスの時だと思っています。

 

◆お客様のお家づくりの中で、以前店舗づくりのお手伝いをさせて頂きました。長年の夢を実現され、一歩踏み出されたそのお姿をお近くで拝見したことで、私も勇気をもらい挑戦しようと考えました。

加えて、異なる業界ではありますが、勤務した14年間の中で、自身が所長として新規出店、店舗運営を経験した事も自信となりました。住まいと同じく、食への安全が問われる中、安心して気軽にお立ち寄り頂けるお店を作ろうと決意しました。

 

◆地域と交流しながら生活できる。高齢の親の近くにいることができ、何かあったら早く対応できる。

家族と協力して商売を楽しみたい。3年間の雇用延長より、少額だとしても長く稼ぐ可能性がある。

 

2017年に入って、このまま今の仕事をずっと続けるべきか、本格的にパン業界に足を踏み入れるか日々考えていました。

このままの人生でいいのか、今なら違う道に進んでもいいのか・・・そう思って、社会人でも通えるスクールを探している時に、リライブフードアカデミーの存在を知りました。

パンを学べるだけではなく、開業までサポートしてくれる。今がこの道に進むタイミングだと思って本格的にパンと開業を学んで行こうと決心がつきパン屋開業の道に進むことにしました。

 

◆”おいしいパン”とインターネットで検索していた時に一種類のパンだけでビジネスを成功させているパン屋さんも多く、自分の好きなパンだけでビジネスになれば良いなと思った事がキッカケです。

インターネットで検索していたら、広告が出てくるようになり、リライブで学べる事がわかり学ぶ事にしました。

基礎をしっかり学び自分の好きなパンに応用していきたいです。

 

◆弊社の流通センターだけが新規事業計画通りに進んでおり、事業失敗時のリスク回避・他センターへのモデルケース等、総合的に判断し新規事業立ち上げを決意致しました。私も個人的に会社の柱事業を増やしていかなくてはとの思いから賛同しパン製作を担当する事になりました。

 

◆現在も働いている居酒屋業態に将来性が見えなくなったのが率直なキッカケ、少子高齢化、若者の酒離れで居酒屋業態(店舗)は増え続ける一方利用者は確実に減っていく、その反面パン屋は価格帯こそ安いが老若男女、年齢関係なく消費者は多い、コンビニパンや後継者不足で昔ながらのパン屋もなくなりつつあるが地域の人に愛される子供達が笑顔でパンを選ぶ、買いに来る、安心して食べる、その場所(地域)に無くてはならないパン屋さんを作りたい。

 

◆現在パン作りには外国産の小麦が多く使われ、柔らかい膨らんだ食感のパンが主流ですが、食の嗜好は多様化してきており、粉自体の旨味や甘み、香りの良さで優る国産小麦を使ったパンの市場はまだ開拓の余地があるのではないかと思われます。食の安全性が問われ、地産地消が注目されるなか、国産小麦(なるべく地域産のもの)を使ったパンは消費者にとっても好ましい選択肢なのではないでしょうか。

また、天然酵母のパンが注目をされるようになってからしばらく時が経ちましたが、友人が言うようにすべての天然酵母のパン屋が顧客が満足するレベルであるとは言えず私にもチャンスがあると思います。

リライブでプロとしてのパン作りの技術やパン屋の経営について学んだ今、夫からも資金的・労力的な協力を得られるようになったため、パン屋開業の夢を実現することを決意しました。

 

◆今、現在ITと言われる業界でシステムエンジニアをしていますが、仕事内容が何かを製造することから人の管理に軸足を移さざるを得ない状況になってきており、何かを製造したい・何かを自分の手で生み出し続けたい という私の志向とズレのある中、何年か仕事を続けてきましたが、今後、モチベーションを維持し続けるのは難しいと思うようになりました。

また、今私が住んでいる近辺には、失礼ですが美味しいと思えるパン屋が見当たらず、消費者としては残念ですが、開業するにはチャンスがあると考えました。家族の応援も得ることが出来たため、地元に「パン屋」を開業し、自分が美味しいと思うパンを作る という夢に踏み出す決意をしました。

 

◆現在勤めている会社で、マネジメントに関する勉強をしていることから、自営業をする自信が芽生えはじめた矢先に、妻の両親からパン屋をやらないかという一声があり決心することができた。さらには、山間部ということもあり過疎化がすすんでいることから、万人に親しまれるパン屋を開業することで人を呼び込み、地域の活性化に役立ちたいと思ったから。

 

◆夫は昨年新しい会社を立ち上げ好きな仕事をはじめてしまい、結局私が家業の不動産管理業を一任されるような形になってしまいました。その仕事もあと3年半で区切りがつきます。

これを機に、私も好きな事そしてやりたい事を仕事にしてこれからの人生を歩みたいと思い、開業を決意しました。

 

◆ぼんやりとパン職人への道を考えていた矢先、東日本大震災がおきました。実家は大きな被災は免れたものの、震災以前に賑わっていた沿岸部は、いまだに昔ほどの活気は見られません。以前、東京のベーカリーを特集した番組を見る機会があり、人気店は隣県はもとよりさらに遠方の方が朝開店前から行列に並んでおられました。宮城県は、行列ができるラーメン店はあっても、開店前から行列のできるベーカリーは見たことがありません。「ならば、県内はもとより県外、あるいはもっと遠方からもわざわざ足を運んでいたでける様な魅力的なベーカリーを作って宮城に震災前以上の活気を呼び込もう。」そんな夢を持つ様になり、今こそと言う思いで、リライブに入学した次第です。今まで培って来たデザインの知識も活かしながら、まだ世の中に無い新しいパンを皆さんに味わっていただきたいです。

 

IT職でのスキルアップができず、自分にこの業界が合っているのかと疑問を持ち始め、転職を機に自分の道を考え直し好きな事を仕事にしたいと思うようになり、パン職人の道を目指すことにしました。

 

◆長年務めた会社を辞め不安ばかりであるが、「自分が作ったパンを沢山食べてほしい」という思いを持ち続けて突進する。早く、ビジネスとして成立させたい。                                                                                                                                                 

 

◆私の知人に、静岡県という地において新聞の配達業に携わっている友人がおります。彼の話や事業内容を聞いて、「パンの宅配事業」というビジネスモデルを考えました。ご存じのとおり新聞配達という事業は縮小の一途をたどっております。また、地方都市は過疎化が進み高齢化も進んでおります。

そこで、余剰新聞配達員の有効利用と、今後高齢者にも必要不可欠になっていくであろう「宅配」というビジネスモデルを考えました。新聞配達業という業種は地域に根差したネット―ワークであり、宅配に適していると思われます。

また、今後高齢者になっていく世代は“団塊世代”です。この世代は欧米化が定着している世代であり、毎日の食卓にも「パン」は必要不可欠な食材であると思われ、「パンの宅配」は必ずや支持されると確信し、この事業を起すことを決意いたしました。

 

◆子供も大きくなり、自分の時間を自分のために使えるようになったので正社員で働ける仕事を探しましたが見つかりませんでした。パートの仕事で見つけたのが調理パンの商品開発の仕事でした。仕事の内容はとても興味深くパートの範囲を出て仕事をしたくなりました。しかし正社員として働くことは出来ずとても悔しく思い、それならパートである程度資金も貯めてあったこともあり、小さい頃から身近にあって当たり前だったパンを作る仕事を自分でやりたいと思いパン屋さんを開業する決心をしました。

 

◆現在は夢への準備すらできていない段階ですが、夢に向かうスタートラインに立つまでの準備は、まだ心に迷いがある状態でもできると思ったから。仲間の燻製小屋は郊外で立ち上げる予定だが、燻製もパンも同時に手に入る場所を作り、家族や仲間と食卓を囲んでのコミュニケーション機会が増えることに役立ったら楽しいと思い、開業の夢に向かう決心をした。

 

◆長く勤めていた前職を退職し、第二の人生は犬に携わる仕事がしたいと考えていました。犬を飼い始めてからドッグカフェやドック同伴可が少ないことに気づいた。犬を家族と思う飼い主は多く、散歩の途中に立ち寄ることができるお店を作りたいと開業を決意しました。べーカリーカフェでは主食やスイーツになるものや犬用のパンでもてなしをしたい。

 

◆教員として32年が過ぎ、次第に定年後の人生を考え始めた時、パン屋という小さい頃からの夢に挑戦したいという気持ちが強くなり、開業の夢に踏み出す決意をしました。パンは人々に幸せや夢を伝えられる食品です。ただパンを製造し売るだけでなく、私のパンを通してお客さまに幸せを感じて頂けるようなパン屋を開業したいと思います。

 

◆今回、人事異動がありそこの店舗で店長候補として入り、店舗運営を多く学べる場を与えられたこと。RE-LIVEフードアカデミーを知り、パンの知識を1から学べる機会を得たこと。30歳時に別の仕事をやってみたいと思っていたのでどうせやるのであれば自分のお店をしたいと決意いたしました。

 

◆日本の食の文化インフラは世界トップレベルにあり、さまざまなイノベーションを試すことができる環境にあること。日本では、パンは朝食では米よりもポピュラーになったが、昼食や夜食では米や麺の消費量に負けており、新たな料理を提案できればパンの消費量を増やしていく余地がまだまだあること。

コンビニエンスストアのプチリッチな食パン、高級ベーカリーや独自のパン専門店が消費者に受け入れられており、単なる価格の安さではなく、美味しさや新鮮な味が消費者に受け入れられていること

パン業界では、ホールセールス、リテイルベーカリー、個人専門店のポジションや役割が異なっており、消費者に受け入れられるこだわりのあるお店を開発できれば生き残れると思い、パン屋さんの開業を決意しました。

 

◆部屋を整理していた時、父親がパン屋だった頃の写真と私の幼稚園の卒園アルバムを見つけ、再び「パン屋」の夢が思い出されました。又、東日本大震災の際、サラリーマンの私は何も出来ず、その際、「食」に関する考え、思いが芽生え、大好きなパンを提供したいと思うようになりました。現在の会社に27年勤め、開業資金もある程度の目途がついた為、再び開業の夢に踏み出す決意をしました。

 

◆タイミングを悩んでいたのですが、2人暮らしをしている母がJターンをしたいと言い出し、住みたいと希望している土地を少し調べました。「パン屋さんがあまりないので喜ばれる」といった地元の自宅開業の方の言葉や、近年大きく観光開発の予定がある土地でした。現在の仕事もある程度めどがついてきていたため、タイミングが来たのではないかと思い、パン屋さんの開業に向けて、1歩踏み出す決意をしました。

 

◆わたしは、元々食べることも、料理することも大好きです。それを振る舞うことも好きです。

「食」を重視する家庭で育ってきたせいか、いつのころからか、自然と自分も食の安全性、健康へ興味を持っていました。子供のころから、母が特に栄養面へ配慮し、既製品を使わない食事やおやつも手作りのものが多かったです。食品の中でも、パンは主食として生活に欠かせないものでありながら、嗜好品にもなり得るので、安定的なニーズがあり、かつ幅広いバリエーションが広がるところにパンの魅力を感じています。

 

◆サラリーマンを辞めて、フリーランスとして仕事をするようになり、

自分の時間をコントロールすることができるようになりました。

副業もできるようになり、隙間時間を使ってパン屋でアルバイトを始めました。

2年前、脱サラしてフリーランスになるかパン屋になるか悩んだことがありました。

知らない業界に飛び込むことに躊躇して実現しませんでした。

その時にパン業界に入らなかったことを今は後悔しています。

既に脱サラしているので会社を辞めるかどうかの決断は必要無く、

今のところ開業資金、体力なども余裕があり、動くなら今はチャンスの時だと思っています。

 

◆最近、自由度が増し「夢」への道がリアルに近くなった。優先順位が上がったということです。

そしてこの経験から感じたことは、「食べる」ことは「生きている」ということ。また、この10年で「食育」という概念が定着してきました。

子供から大人まで「食べる」ことが健康をはじめ色々なことに作用することが認知されるようになりました。

食材の安全性は勿論ですが、パンという親しみやすい食べ物で出店地域の中で「食育」にも携わっていけたらもっと「楽しい食」に近づくのではないか。その思いが再び「夢」へ踏み出すきっかけとなりました。

 

◆パンに興味を持ち、パンの学校に通いました。現在、パリ発、パリ風のブーランジェが立ち並んできている。

しかしそれらは丸の内や六本木など都心や高級地区に集中しており身近な物とは言い難い。また以前パリを訪問した際に、洗練されてはいるが喧騒と不親切を感じた。

そこで、同じフランスでも安らぎと豊かな風土を求め、まだ日本でも開拓されていない「南仏」に関心を抱いた。

3か年計画の後半に予定していた南仏への修行を経て、フランスの技術、働き方、50店舗以上のブーランジェリ、人々の気質、味覚、文化に触れ、南仏の良さを体感できた。こうして、街角の南仏を創出して地域に広めていく事を決心した。

 

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